葉酸は、B群ビタミンのひとつで、生命の存続に必須であるDNA等の生合成に関与しており、欠乏すると悪性貧血症を発症することが良く知られている。ホウレンソウ等の緑葉野菜中に多く含まれているが、食事から充分な量を摂るのが難しいビタミンのひとつであるために、葉酸ビタミン剤や葉酸含有サプリメントから摂ることが推奨されているビタミンである。 その理由は、食品中に含まれている量が少ないことに加えて、食品中の葉酸は、葉酸錠剤等に含有されている合成された葉酸に比べて、体内への吸収率が半分に満たないという現実もある。最近、葉酸と言えば、若い女性のなかで非常に関心が高まっている。特に、子供を産む計画がある女性の中では、かなり知られている。なぜか?体内の葉酸が妊娠初期に不足していると神経管閉鎖障害という身体構造・機能に異常がある子供が生まれる可能性が高くなるためである。“葉酸は神経管閉鎖障害の発症リスクを低減します”と表示した葉酸配合特定保健用食品や葉酸配合栄養機能食品が市場には出回っている。

しかし、これだけではすまないのが葉酸である。

ホモシステインという物質が血液中にあるが、血中ホモシステイン濃度が高くなると、正常な血管系の状態を維持することが難しくなる。その結果、心筋梗塞、脳梗塞を発症しやすくなり、高齢者においては認知症も発症しやすくなる。加えて日本人はホモシステインが高くなりやすい遺伝子型を持っているヒトが15%いる。この比率は、残念ながら欧米人より多い。一方、葉酸は血中ホモシステイン濃度を低下させる作用がある。ここで、考えられたのが、葉酸を積極的に摂ることで、特に野菜が苦手な方、血中ホモシステイン濃度が高くなりやすい遺伝子型を持っている方は、心筋梗塞、脳梗塞、認知症の発症リスクを減らすために葉酸が重要である。この健康政策を市が大学と共同で実践しているところがある。埼玉県の中央に位置する人口10万人強の坂戸市で、“さかど葉酸プロジェクト”と命名し、葉酸を強化した米、パンを積極的に高齢者を中心に毎日240μgを摂取するプロジェクトである。その結果、心筋梗塞、脳梗塞、認知症および骨折等、葉酸の予防効果が期待される疾患の医療費が減少すると共に、介護費も減少を示した。その経済効果は、なんと2年間で22億円になったのである。

末木一夫

(薬学修士、日本ビタミン学会評議委員およびトピックス担当委員。国際栄養食品協会 専務理事および科学委員会委員長、元健康日本21推進フォーラム事務局長、元お茶の水女子大・明治大非常勤講師)