前回は、「葉酸と循環器疾患・認知症の予防」というテーマを紹介させていただいたが、今回も葉酸の話題を提供する。現代は、昔に比べて種々のストレスが多いのか、それともヒトの精神構造が弱くなったのか、毎年自殺者の数が更新されている。自殺にいたる過程で“うつ”状態が、大きく関与していると思われる。自殺率は15%を超える数字である。

うつ症状の生理学的な原因のひとつとしては、神経伝達物質であるセロトニン・ノルアドレナリンの減少あるいは受容体の感受性に問題があるとされており、これらの病因を治癒する薬として、古くは、三環系・四環系抗うつ薬、最近は、選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)、さらにはセロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬(SNRI)が、処方されていることは、ご存知の読者も多いであろう。前号で、紹介したホモシステインの血中濃度が、あるレベル以上になると循環器疾患・認知症の発症リスクが増加することを記載した。この有害なホモシステインの血中濃度を低値に維持している酵素として、メチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素(MTHFR)が、体内に存在しており、葉酸、ビタミンB6およびビタミンB12の協力を得て、ホモシステインをメチオニンに変換している。しかし、このMTHFRの多型者は、より多くの葉酸が必要になる。葉酸の体内状態と“うつ”の相関性を調査した11件の疫学調査のメタアナリシスによると、葉酸欠乏は“うつ”の危険因子であることが認められた。また、日本人男性約300名を対象にした葉酸摂取量とうつ症状の関係を調査した観察試験では、葉酸の摂取量が多いほどうつ症状が軽減されることがわかった。

もうひとつの遺伝子多型として、性格と関連性があるセロトニン輸送体遺伝子多型の問題がある。この遺伝子多型について、日米間の違いを調査した結果、従順で消極的な性質で代表されるSS型の比率が、日本人が全体の68%、米国人が19%。一方。自主的で積極的な性質で代表されるLS型の比率が、日本人が全体の30%、米国人が50%。超積極的な性質で代表されるLL型の比率が、日本人が全体の2%、米国人が32%。とっていた。これらの種々の遺伝子型を有するヒトを対象にストレス負荷をかけてみると、ストレスの数が増加するにつれて、うつ症状の発症率が増加したが、その増加度は、SS型>LS型>LL型の順であった。抗うつ剤のお世話になる前に、適切な葉酸の用を考えることが重要。なお、文中では“うつ症”と記載したが、病名としては、気分障害、気分循環症、気分変調症が使われている。

末木一夫

(薬学修士、日本ビタミン学会評議委員およびトピックス担当委員。国際栄養食品協会 専務理事および科学委員会委員長、元健康日本21推進フォーラム事務局長、元お茶の水女子大・明治大非常勤講師)